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a.Rat Fink Column

「Ed “BIG DADDY” Roth」

みなさんの、コメントで良く聞く

“ネット上では語れない話”
“知りたくなかった事、ふれてはいけない事”
“いい話ばかりじゃない、悪い話も多い。”

エド・ロスなら、ドラッグ系の事とか、
テレビなら、業界の裏事情的な事でしょうか。

・・・う~ん。
それらを隠して、表面的に楽しくなのは、
ミッキーであり、ディズニーだと思うのですよ。

人間の裏の面や汚い面、本質を表現しているのが、
ラットフィンンクであり、エド・ロスだと思うのです。

自分が何度か書いている、
アウトローや、落ちこぼれ、
アンダーグラウンドの象徴というのは
そういうことなんです。
激カワとか、キモカワなキャラとかで扱われるような、
きれいな物ではないんです。
だからこそ、逆に裏の面も語った方が良いと思うのです。

誰にだって裏はあります。
自分でさえ、ネット上では語れないような事なんて、
いくらでもあります。
エド・ロスにだって、所さんにだってあって当たり前。
あってこその人間なのです。

それらを隠して、きれいきれいは、
ミッキーに任せましょう。

 

1932年、
カリフォルニア州ビバリーヒルズ生まれ。
戦争というBADな時代に少年期を過ごしていた彼の日課は、

鉛筆でジャーマンやジャップをやっつける
絵を描くこと。

成績はオールCでミスビへイバー(かなり行儀の悪い)な
バッドボーイだったらしい。

そのいたずら描きが
CARICATURB(いわゆる戯作、マンガっぽい絵)
になり開花して、VON DUTCHと並ぶピンストライパー
そしてクレイジー・ペインターとしてのルーツになっている。
クルマなどへのペインターとして活躍するかたわら、
その奇抜なアイデアを生み出す才能を活かし、
ジャンクヤードで拾ってきたクルマをべ-スに自らの手で
ワンオフのショーロツドに作りあげる喜びを知ったEdは、
当時としては(今でも!)
ウルトラ・ユニークな「BEATNIK BANDIT」をリリース。

一躍’60年代を代表するホットロッド・ビルダーとして
名声を得た。(あまり本人は意識してなかったようです。)
そして、今でも大人気の「RAT FINK」を生み出し、
コミックライター、デザイナーとして時の人になったのは
周知の事実です。
その名声を得る源となった初代「BEATNIK BANDIT」について
語っています。

「とにかくカツコよくてユニークでみんなが驚くようなクルマ、
それがコンセプトだったかな。
ひとついえることはロッド&カスタムの
プロジェクトとして出す以上、
人と同じ既製のクルマべ-スじやダメだからね。
分かる?
本当のホットロッドって
ジャンクヤードから引き上げたクルマを使って
手を汚しながら、いろいろなアイデアを張りめぐらして
カツコよく作るものだからね。
今はお金を出せばいろんなことスグできちゃうでしょ。
昔は時間かかったのね。
みんなの協力なしには出来なかった。
DirtyDoug知ってる?彼なんかと作ったんだよ。
知らないの?
まあ、いいけど時間と労力ばっかり使って
お金にはならないんだよ。
そうしてデディケートしたことは、
今の世代にはぜんぜん分かってもらえないんだなあ。
これはとても悪い傾向ですよ。
ぼくらは今でもなんでもFunに
考えるようにして仕事してるよ。それが大切だよ。
だからBEATNIK BANDITが生まれたんだなーコレが」

その「BEATNIK BANDIT」は’50年式のOldsののシャシーを
85インチ切り詰めショートホイールベース化。
当時の名チューナーFlitz Voightが組み上げた
OldsのエンジンにBELLAUTOのブロワーと
Fordのキャブが組み合わされている。
強烈にユニークなファイバーグラスボディはもちろんEdが担当。
ダンボールとプラスター(=石膏)で
手がガビガビになりながら作ったらしい。
そこに施されるペイントは20回も重ね塗りしたという
究極のカラーリングだ。
特徴的なバブルトップは最初のドローイングによれば
Tトップだったのだが、
Boddy Darrinの“MAC THE KNIFE”ドリームカーから
インスピレーションを得てこうなった(?)そうだ。
しかもこのバブルトップ、
ピザを焼く大きなカマドで作ったため(ホント!)、
チーズ臭さが難点らしい。

こうして世に出た「BEATNIK BANDIT」は、
ショーサーキットを転々とし数々の賞をもぎとり
世界にその名を知らしめたのだった。
しかし、その後Edは自分の才能を信じ、
ショーロッドを作り出すものの、

ベトナム戦争やオイルショックに遭遇し
世の中がイヤになってしまったという。
その時はドラッグに手を出し
ハーレーダビッドソンに跨がって
反社会的行動をとり、
かなりのワルになっていたそうだ。

しかし5人の子供たちや生活を考え
健全な自分の部分と才能を活かさなければ
いけないということに気づき、
ハーレーやVWをベースにしたスリーホイラーを作る
まっとうな(?)道に戻ったのだ。

そうしてディズニーランド
(なぜかディズニーを小馬鹿にする。
やっぱりラットフィンクのほうがミッキーより
いろいろなことをリアライズしてくれるから、らしいが)
の横にあるナッツベリーファームでペインターとして働き、
子供たちと戯れながら、また4輪を手掛けようと
心に決めたのであった。

こうして、後に
「BEATNIK BANDITⅡ」が生まれるわけです。

外観は基本的に初代BBと同じ。
だが、そこはやはり似て非なるもの。
現代風のアレンジがなされている。
構想1年、製作に2年かかったという低いボディは6灯になり、
ファイバーグラスの材質も飛躍的に向上し、
より強粗になっている
(相変わらずダンボールとプラスターと格闘し、
手がガビガビになったそうだが)。
お馴染みのバブルトップもチーズ臭さが残っているそうだ。
注目したいのはシャシー。
流用ではなく2×3インチのスチールを使った
オール・ハンドメイドもので、まさにワンオフなのだ。
エンジンは超近代的なCorvetteのLT-1を搭載し、
本人いわく、よりイージーで快適な乗り物に仕上げたつもりだそうだ
(ほんとは単に貰っただけのこと、らしいが……)。
綺麗で落ちついたインテリアには
デジタルメーターにGPS
(=カーナビのこと。本人はつけているつもりでガマンしている。
お金がないのでパイオニアがくれるのを待ち望んでいるのだ)
を兼用するレーダーとリアビューが写るモニターがセットされ、
気分はUFOといったところ。かなりハイテックなノリだ。

確かに装備は変わっているが
結局は初代と同じようなものじゃないか、
という声が聞こえてきそうだが、
しかし、クルマに隠されたメッセージがあるとEdはいう。

「ぼくはやっばりスモール・カーが基本的に好きなんだよね。
だからコンセプトはやっばり小さくかな。
前のBBと同じといわれればそうかもしれないね。
でも違うんだ。ハイテック。いいネーこの響き!
だけどこのクルマはローテックとハイテックが
一緒になった温故知新のクルマなんだよ。
ぼくがいい年してグレていたとき、
死んだおじいちゃんとおばあちやんが
バックアップしてくれたんだ。
作れー、やれーって、お前はクルマ作っとれーってね。
それで気づいたんだよ。
今のヤングチルドレンはすごいナスティでダラけている。
日本じゃ先生が生徒を叱ることができるでしょう。
アメリカは先生は叱れない。
これは、すごくバッドなことだ。
みんな生まれながらに素晴らしいタレント(=才能)
を持っているのに活かせていない。
寝たらみんな夢を見るでしょ。その夢の中にも
たくさんのアイデアが浮かんだりする時がある。
だけどクレイジーなTVばかり見て夜ふかししてたら
そんな発想出てこないんだよ。
何かひとつでいいから形にしてみようと思わない?
ラクしてたって時間は過ぎていくからね。分かる?
夢がないから何していいかわからない。
暇だからスリグリングだと思って
ガンをぶっ飛ばしたりしている。
僕なんか一日十何時問プラスターとグラスファイバーと
戦っているからそんなことしようと思わない。
だからヤングチルドレンは
もっと自分たちのいい面を伸ばすことが必要なんだ。


Keep going make better.


みんなと何か作ってみる、やってみる。
時間や労力をかけてみる。
今みたいなインスタントですぐに手に入るような時代はダメ。
だからこのBBⅡは昔を思い出してもらうように、
手間かけて作ったんだよ。
Dirty Dougにももちろん今回も手伝ってもらったし、
内装なんかもDOWN TOWN WILLYに手掛けてもらった。
もちろんシゲ・スガヌマにもね。
みんなの夢をみんなのカをあわせて形にしたんだよ。
SEMA、知ってる?行ったことある?
すごくいっぱいパーツあるでしょ。素晴らしいよ。
いろんなメーカーが協力してくれたんだよ。
USラジエターなんかブラスのラジエターだよ。すごくクールだ。
PPCのペイントもそう。時代は進化している。
前はすごくコートしちゃ磨いていたけど、
今回はそんなに塗らなくてもいい感じに仕上がった
(とはいっても7回も重ね塗りしているが)。
いろいろとベンリになったけど、ラクしちゃって、
なんかこれじやナマケちゃうよね。
それはそれでいいけど、
よけい自分の手でやらなきゃいけないところは気持ちが入る。
お金じゃないんだと思うよ大事なのは!
かかったお金は原材料分くらいじゃない。
いまの連中が忘れていることは自分の手を汚すことだ。
別に機械をいじったりすることじゃない。
自分でやってみる、ということ。
うちのワークショップには6つのグラインダーや、
そうマキタ製だよ。
日本はいろんなものをより良くするパワーがあるね。
昔使っていたのとは大違いだ。
こういう伝統的なナショナリズムを
忘れたり見落としちゃいけないなあ。
日本のヤングチルドレンに伝えないとダメだよ・・・。
ああッそれと
4つのドリルとふたりがかりでやるバイスもあるよ。
あと調子のいいワイヤーフィーダーとかね。
そんなの使ってピーンとかガリガリなんてやりながら
ガンガン作るわけ。いいよ、すごくハッピー。
いつもオカシく楽しくやれるんだよ。
それがぼくのタレントなんだ。もう手なんかガビガビ。
そういう自分自身楽しくやれることと、
なんかみんなで力合わせてやることって、
ほんと素晴らしいね。
いまのヤングチルドレンにはホントいいたい


Don’t be nasty


別にグレートヒューマンになれとはいわないけど、
せめて自分の好きなことで楽しく時間を過ごしてもらいたい。
エブリバデイ・ファニーになってもらえればいいんだけどなあ。

だからラットフィンクは
臭いものにはフタをしないのです。
ちゃんと社会を見つめているんだよ。
楽しいことばかりのミッキーとは違う。
だからこのBBⅡにも
彼をモディファイして入れたんだな。


ぼくもグレた時があったけど、
いい面も悪い面も両方かくさず
次の世代に伝えていかなければならない。
その方法がこのBBⅡでもあるんだ。
子供ばかりが悪いわけじやない。
教えることが大人の義務でしょ。

ところでバイオニアGPS欲しいな。
協力してって書いてくれるとイイなぁ。
ワンダフルな技術でしょ。
宇宙と連絡して走るんだよ。すごいクールだ。
これでこのクルマはUFOになれる。
そういえばこのBBⅡは
スミソニアン博物館に入ることになっている。
そうしたらきっと子供たちが見にきて、
Ed Rothとかいうオヤジがハンドメイドで作ったんだー、
スゲーとかいってくれるでしょう。
そう感じてくれるだけでもイイ。
そういう意味ではすごく価値があるよ。」

このBBⅡにはそういった意識や思いがこめられていたのだ。
そういう点ではカツコよさやホットロッドとしてのあり方を追求した
初代BBとはまっく違ったものになっているといえるだろう。

彼は敬虔なモルモン教徒でもあり、
酒もタバコもコーヒーも飲まない。

(自分も全てやめました。※下記)
たしかに宗教的な背景があるかもしれない。
しかし、そういうものではなく、
長い経験にもとづく自分の意見なのだと
感じとることができた。
事実ホットロッドビルダーとして生き抜いてきた
パンのような分厚い手がそれを物語っていた。

 

彼の冥福を、心からお祈りいたします。



酒は、学生の頃は良く飲んでました(ぇ 何学生?
今は、ほとんど飲みません。たま~に付き合いで。


コーヒーも10時3時の一服で一時期良く飲んでましたが、
今は全く飲みません。


タバコは、1日2箱ぐらいのヘビーでしたが、
止めて、1年以上経ちました。


なのに、間食が辞められない(爆
今の目標w


「A TRUE RAT FINK」

最近、
「ラットフィンク大好きなんです♪」
というのを、良く聞きますが、
本当に、心から
「RAT FINK」を愛してる方には、
読んで頂きたい。

長くなりますが、お付き合いください。

自分も、もちろん「RAT FINK」は大好きです。

「RAT FINK」は
「ED“BIG DADDY”ROTH」の分身であり、
「ROD」&「CUSTOM」&「SURF」
そして、アウトローの象徴です。シンボルです。

ですが、ここ何年かで、急激に知れ渡り、
普通のキャラクターと同じ扱いになってたりします。
「ミッキーの父親」と言うキャラクター

この、
「RAT FINK」を、「ミッキーの父親」だと言う意見には、
激しく反対です。
これは、「MOONEYES」が、
「RAT FINK 誕生秘話」として発表したのが
そもそもの始まりです。

1961年のクリスマス、
休日を過ごしていたエド・ロスは、
友人とウォルト・ディズニーがミッキーマウスで
大成功を収めたことについて話し合っていた。
「スチーム・ボード・ウィリー」
(はじめてミッキーマウスが登場したディズニーの歴史的アニメ)
のミッキーは、まるで棒切れみたいだったが、
ここ数年で何て進歩したんだろう、ということが話題になった。
そこで、インスピレーションをつかんだエド・ロスは、

ミッキーの父親の姿を紙ナプキンに描いた。
そして胸には、スーパーマンのようにR.F.とイニシャルを入れた。
次の日、自分の店にTシャツのペイントを頼みに来た
Hot Rod Guysに見せたところ、バカウケだった。
太っちよでみっともないけれど憎めないネズミ、
Rat Finkの誕生だ。」

これです。
今語られているのは、ほとんどこれが元です。
ですよね、「MOONEYES」が発表してるのだから、間違いないです。

でも自分はこれ、信用してないです。

何故なら、以前、雑誌「Cal(キャル)」にて、
リスペクトしている、日本のカスタムカルチャーの伝道師、
「NASH(ナッシュ)」さんが執筆した、
「ED ROTH」が、「Cal」のために
「RAT FINK」の誕生のいきさつを、すべて語ってくれた文章

があるからです。

あまりにも「ミッキーの父親」と言う言葉が使われるので

紹介します。

長くなりますが、お付き合い下さい。
「ラット・フィンクの誕生、それは1958年にまでさかのぼる。

(これは世界的にも1961年て事になってるみたいです。)

ある日、
エド・ロスが親友のファスト・エディとともに食事をするため、
行きつけの「アポロ」というダイナーに行ったときのことだ。

いつものようにホットロッドやエンジンの話などで
盛り上がっていたが、
いつしか話題は当時封切られたばかりの
デイズ二ー映画のことになっていった。

そして、当然のようにその映画の主人公であり、
ディズ二-映画の看板キャラククーのネズミ、
そうミッキーマウスの見事な活躍ぶりや人気、
また少少出来過ぎの感がある優等生ぶり
などに話は進んでいった。

と、そのとき、突然エド・ロスは何を思ったか、
鉛筆とテーブルに置いてあるぺ-バーナプキンを1枚取り出し、
何かを描こうとしながら
「もし、オレらがタイムマシンに乗って昔に行けたとしたら、
こんな格好をした
ミッキーの先祖に会えるかもよ」
とエディにいったという。

だが、彼はそういったものの、
一瞬何を描いたらよいのか思い浮かばず迷っていた。
とりあえず目玉を2つと、ギザギザの歯を描き始め、
その2つの顔のパーツを描いたあたりから頭の中に
ジワジワとイメージが浮かび上がり、
この世で最初のラット・フィンクの絵が
少しずつ描かれていったのだ。

エド・ロスの頭の中には、
すでに「ラット・フィンク」という名前が
閃きのように浮かんでいたため、
胸にはイニシャルを表わす「R・F」が描かれた。
スーパーマンのようにマントを描いたのだが、
すぐに気が変わりこれは消してしまった。

しかし、その代わりに
ラット・フィンクが銃などで撃たれたときにも
不死身でいられるように皮膚の穴を縫い合わせたり、
釘付けなどにできるようにしようと考えていたとき、
料理がテーブルに運ばれて来たため、
中途半端な絵が描かれたペーパーナプキンは
彼のポケットに納められ、話もそこで終わってしまった。

翌日、エディが友達を何人か連れて
エド・ロスのピンストライプ・スタジオにやって来た。
昨日ダイナーで描いていたラット・フィンクを
オレたちのTシャツに描いてくれ、というのだ。

その言葉を聞くまで、
彼はすっかりラット・フィンクのことなど忘れていたという。

彼はTシャツにラット・フィンクを描くことは承知したもの、
エアブラシで一人ひとりに描いていくと時間がかかるため、
シルクスクリーンを使ってプリントすることを思いついた。

そこで、その版をおこすために昨日のような走り書きではなく、
大きな紙に黒のはっきりとした輪郭できちんと
ディテールを整えたラット・フィンクを描き上げたのだ。

その瞬間に
ミッキーマウスとは対極に位置する
ネズミ、
ラット・フィンクは産声を上げたのである。

その後すぐに
エド・ロスはラット・フィンクをプリントした
Tシャツやデカールといった商品を、
カーショーの会場やメイルオーダーなどで販売するようになり、
瞬く間に全米中にラット・フィンクファンが増えていった。

現在ではアメリカに限らず、
ヨーロッパ諸国や日本でもその数は増え続けているのである。

また、よりキャラクター性を強く出すために
個性的な仲間を増やしていき、
カリフォルニア州出身の「サイドウォークサーファー」や、
ニューヨーク生まれの「ジャンクヤードキッド」
ニューメキシコ州アルパカーキからは、「ドラッグナット」
といった、ひと癖もふた癖もある
ラット・フィンクフレンズがそろっていったのだ。

それではなぜ、これほどまでにラット・フィンクは
数多くの人を魅了しているのだろうか。
その答えはエド・ロスのこんな台詞から知ることができる。

「女性にはなかなか理解できないかもしれないが、
男はどんな国の人でも大なり小なり
ジャンクヤードでパーツを探したり、
ホットロッドを作ったりといった
ラット・フィンク的なスピリッツを持っているものなんだ。
しかし、
年をとって大人になるにつれて
そんな気持ちを忘れてしまいがちになる。
ラット・フィンクはそんな人たちにいつまでも夢を与え続けている
キャラクターであり、
子供たちはもちろんのこと大人にとってもヒーローなんだ。
だからこそいろんな国の人に支持され、愛され続けているんだよ」

そのコメントはラット・フィンクのことを指しているのと同時に、
エド・ロス自身の言葉としても受け取ることができる。
つまり、エド・ロスはラット・フィンクという
キャラクターを通していろいろなメッセージを
世界中の人々に発信していて、ラット・フィンクの言動は、
エド・ロスの言動そのものということなのだ。

ちなみにラット・フィンクの大好物は、
スシボーイの寿司やレモンパイ、
そしてアンチョビ入りのピザ。
フェイバリットなクルマは
フューエルインジェクションのシェビー350を載せた
50年のスチュードベーカー、
ほかにもホンダ製の360∝2気筒エンジンや
VWのエンジンもお気に入りということ。
こんな回答からも
エド・ロス=ラット・フィンク
=永遠に年を取らない少年の理想像

という図式が理解できる。

結論としては、容姿こそまったく違えど、
ラット・フィンクはメンタルな面やスピリッツの部分では
すべてエド・ロスそのものを受け継いでいるキャラクターであり、
エド・ロス自身を投影したものがラット・フィンクなのだと
いえるだろう。

そして、人々はいつの間にか見失ってしまった自分にとっての
大切な気持ちというものを、
ラット・フィンクのファンになることで取り戻したり、
また得ようとして、支持し愛し続けているのではないだろうか。

以上です。
これですよ。まさにこれ。すべてを語ってますね。

コレが掲載されたのが、1998年、
「MOONEYES」「RAT FINK 誕生秘話」を発表したのは
2000年ぐらいだったと思います。

ちなみに、これもあまり知られていないですが、
「MOONEYES」のシンボルの「アイボールマーク」
あれは、
ウォルトディズニーのプロダクションがデザインしたものです。
そう言われて見れば、たしかに、ディズニーの目ですよね。

もちろん、
「MOONEYES」は、好きです。
(店の雰囲気は、元町のが好きでしたが…)
が、
「DEAN MOON」「ED ROTH」もいない今、
間違った情報が流れないよう
正確に、きちんと、伝える必要がありますよね。

いよいよ「MOONEYES」でも、
「RAT FINK」のブログ「RAT FINK NEWS」
が始まりました。
待ちに待った、と言う感じですね。
まだ、「RAT FINK」誕生に関しては触れていませんが、
きちんと伝えて頂けるのでしょうか。

「RAT FINK FEVER.COM」の、
「RAT FINK 誕生秘話」は、見れなくなってますね…

※他に
「ED ROTH」氏に、関しては、
HEAT WAVE TOYS」というショップの
世界の偉人たちというコーナーで紹介されてます。
自分が知っている中では、
一番詳しく、正確に書かれていると思います。

ここの紹介文も、
最近はあちこちで
使われてるみたいですが。